ドイツの国立音大への道のり(1) – 夢の始まり
みなさん、こんにちは!今日は私の音楽の旅、特にドイツの国立音楽大学に至るまでの道のりについてお話ししたいと思います。まるで昨日のことのように覚えています。2021年12月、私の人生が大きく変わる瞬間でした。
目次
夢への第一歩
社会人になって3年。毎日フルタイムで働きながら、退社後はひたすらピアノの練習。その時、私の心はすでにピアノ一筋と決めていたんです。アメリカ、イギリス、カナダの音楽学校に出願していましたね。
ここで思わぬ転機が。2020年、コロナ禍で多くの音楽学院がライブオーディションからビデオオーディションに切り替えたんです。仕事に追われる私にとって、海外に行かなくても受験できるチャンスが訪れました。
初めての試練
2020年秋、主にアメリカやイギリスの音楽学院に出願して、いくつか合格通知をもらいました。でも、学費や生活費を考えると…正直厳しかったです。アメリカやイギリスの学校だと、学費だけで年間数万ドル(数百万円以上)かかるんですよ。断腸の思いで断念せざるを得ませんでした。
でも諦めきれず、2021年秋にも再チャレンジ。今度は約10校に出願しました。結果は上々で、イギリスの学校から奨学金をもらい、カナダの名門大学にも合格。学費も英米より格段に安くて、「よし、これで…」と思いかけたんです。
心の引っかかり
でも、どこか心の奥で引っかかるものがありました。「本当に自分が学びたい先生がいない…」
ここで少し過去に戻ります。中学生の頃、あるロシア派の先生に6年ほど師事していました。その先生のピアノから生み出される音色と響き、それに魅了されて、ますますピアノが好きになったんです。
その先生、音楽の指導だけでなく、人間性も素晴らしかった。いつも「音楽で一番重要なのは人と教養です」と教えてくれました。この言葉、今でも心に深く刻まれています。
突然の別れ
5年目に入った頃、先生は私の将来についていろいろ計画を立ててくれました。「どんなコンチェルトを弾くか」「どの国際コンクールに出るか」など、夢が膨らむ話ばかり。私もピアニストになる夢を真剣に描き始めていました。
ところが…突然の悲報。先生が倒れて、末期がんと診断され、数日後に他界されたんです。あまりに突然でショックになり、現実を受け入れるのに時間がかかりました。
新たな挑戦
その後、別の先生について勉強を続けましたが、教え方が180度違って。指導方針も合わず、技術も音楽性も伸び悩んでしまいました。
そんな中、「たとえ良い学校に入っても、本当に自分が学びたい先生に出会えるだろうか」という不安が常につきまとっていました。
ある日、大学時代にお世話になった教授に相談したんです。そしたらこう言われました。「ドイツはどう?」
ドイツへの道のり
正直、その時のドイツについて、何も知りませんでした。でも、調べてみて驚いたのが「学費はほぼ無料」という事実。これには目が覚めました!
そしてドイツの音楽大学をいろいろ調べているうちに、ある大学のページで目に留まった教授の名前。ロシア系の名前でした。
興味本位でYouTubeで検索してみたら、その教授のチャイコフスキー「四季」の演奏動画が出てきたんです。
人生を変えた瞬間
動画を開いて数秒、私の人生が変わりました。「これだ!!」
今まで聞いたことのないような美しさ。まるでピアノが人の声で歌っているかのよう。心を揺さぶり、涙を誘うような演奏でした。
その瞬間、私は決意したんです。「絶対にこの教授に師事したい!」と。
さて、ここまでが私の物語の始まりです。次回は、この決意からどのように行動に移したのか、そしてどんな困難があったのかをお話ししますね。
それでは、また次回!